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考える力を養う道具は、紙と鉛筆だった。
2007 / 12 / 25 ( Tue )
冬休み。家庭の話題ばかりになってしまうので、
少々、今まで忙しくて記事にできなかったことをアップしておきます。
一応、小学校教師のブログでありますので。


先週、計算ドリルが終わっていた子だけにこんな問題を出しました。
三角形の色板の数を予想する問題です。

「同じ大きさの三角形の色板を使って、ピラミッドを作ろうと思います。
 1段ピラミッドに必要な枚数は、1枚。
 2段ピラミッドは4枚です。
 さて、10段ピラミッドを作るには何枚必要ですか?」


低学年は問題を聞くだけでは内容を把握できない子もいるので、
実際に色板を使って図示することにした。

↓こんなカンジ。
17122501


結論から言うと、考える力を養うためにはまず時間が必要であると思った。
そして、自分の考えを整理するためには紙と鉛筆。これは外せない。

「仲間で協力して考えていいよ。」とワタシは言う。
子どもたちが個人で持っている色板の枚数ではけっして10段ピラミッドは作れない。
そして、難しい問題を1人で考えていても、結局「時間の無駄」になることが多いからだ。
(特にうちのクラスの場合)

予想通り、子どもたちは色板を机や床の上に並べ、作業を始める。
ワイワイと板を並べる様子をワタシはじっと見ている。
できるだけ静かに、色板の組み合わせ方を把握していない集団にだけ声をかけた。


実はこの問題は、小学4年生で習う「2つの変わる量」に出てくるものだ。
でも、小学2年生でも難しくはないと思う。
ひょっとしたら、中学生の方が難しく考え過ぎてはまってしまうかもしれない。


時間がすこし経つと「できた!」というグループが現れた。
その子たちのノートに思い切り花丸を書く。


気がついたら、チャイムの音。
それでも、子どもたちは色板とにらめっこしながら、10段までの数を数えようと躍起だった。

「休み時間にしないの?」とワタシが聞いても、「いい!」と強がる子どもたち。

職員室まで戻りたかったので、子どもたちに、
「前にも言ったけど、ノート1ページ使って考えを書いてごらんよ」と言って教室を後にする。



そして、教室に戻ってきたワタシ。
「答えは教えないよ」と前置きして、黒板にこう書き記した。

1だん・・・ 1まい
2だん・・・ 4まい
3だん・・・ 9まい
4だん・・・16まい 
           っと。

ここまで来ると、けっこう気づき出す。
色板の数は、作りたいピラミッドの数の2乗なのだ。


そして、ノートにしっかりと、だんと色板の枚数を書いていた子を思い切り褒めた。
自分の考えを、紙に書き出すことで、何を求めればいいのかはっきりするし、
数の法則性を発見するヒントにつながるのだ。


ちなみに、はじめに花丸をもらった子たちは、100段まで挑戦しようとしていた。
もちろん、100×100は3年生の学習内容。
それでも、彼らは「100を100回足せばいいよ」とノートにびっしりと計算しようとしていた。
これは、きっと彼らの力に違いない。



前にも書いたことかもしれないが、ワタシの思いをここでちょっと話した。

「時間泥棒に心の余裕を奪われていませんか?」と。

算数って本当は、いっぱい時間をかけて問題の答えを考える勉強だったはず。
でも、最近は素早く答えを出すことが一番いいことって思っている子が多い気がする。
今、この問題を出した時に、10段ピラミッドを作ってから色板の数を数えようとした子が多かった。
本当は、問題にも書いてあるように、1段ずつ数えていけばよかったかもしれない。
どう?



こう思ったのにはワケがある。
先日の個人面談で「うちの子の行動がゆっくりではありませんか?」と話された親御さんがいた。
ごめんなさい。ウチのトウヘンボク君も、かなりのゆっくりさん。
教師として、その子への処方箋を持ち合わせておりません。
(あったらワタシがトウヘンボク君にとっくの昔に使っている!)


でも実は、これは教師だけでなくワタシたち大人の課題ではないだろうか。

ワタシの親世代はいわゆる高度成長期を支えてきた方々。
日本全体が「仕事仕事」と忙しさを増してきた時代に、ワタシは育ってきた。
で、そんなワタシが親になって、いくら「ゆとり」とか「心の余裕」とか言っても、
共働き世帯が多くなったワタシたち世代は、実は親世代以上に
子どもに「時間がない」と早く行動することを強要してはいないだろうか。

本当は、子どもが子どものペースで色々なことに自ら気づく余裕があればいいのだが。
実際として、ワタシたちは子どもに様々なことを教え込んでいる。
ましてや、今は高度情報化社会。教えなければいけないことはきっと多くなっていくはず。


だから、今の子たちは「時間をかけて考える」ことを苦手としてはいないだろうか。
(極論?)



話が長くなりました。
ワタシとしては、教え込むことも大事だと思います。
ライオンがエサの取り方を子どもに見せて学ばせていくように、
人間としてのスキルを子どもに教え込むことが、生き物として正しい姿ですから。

ただ、押し込むだけでは結局ロボットを製造するだけなのかもしれません。
「ゆっくり」「じっくり」「時間をかけて」考えることも、人間として考える力を伸ばす手だてであると
ワタシは強く感じました。



↓時間泥棒の話をした後、支援員さんがワタシに向かって
↓「心にズサッと、刺さりました」と一言。
↓そしてワタシも一言。
↓「ワタシもです。偉そうなこと言っておきながら、朝から子どもに『早くメシ食え』と言います。」

↓ワタシもそんな時間泥棒に心奪われた大人です。
↓ま、せめても、心をすべて奪われないようにふんばっているところでしょうか。

↓そんな小学校教師の仕事でありました。
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コメント
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 先生の実践はいつも感心します。
 数的な感覚を磨くには、効率を求めるより、手を動かすことだと痛感しています。
by: ふくだ * 2007/12/25 23:45 * URL [ 編集] | page top↑
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毎度ありがとうございます。

ワタシもそう思います。
今、数の感覚を苦手としている子の多くは、
小さい頃、積み木やおはじきなど
プリミティブな遊びをしていないんですよね。


このブログをご覧の保護者の皆さん、
小さい頃こそゲームやテレビより、
手で遊ぶことを経験させてください。


では。
by: うるとらまる * 2007/12/26 19:06 * URL [ 編集] | page top↑
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