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真剣な話し合いには、子どもたちの背景が見える。
2007 / 07 / 03 ( Tue )
国語で「スイミー」の授業を行っている。

授業のメインとしているのは、話し合い。
場面ごとのスイミーについて、子どもたちの感想を出してもらい、
それを話題に話し合いを行っている。

今日は、昨日出したうなぎなど海の珍しい生き物を見て、
スイミーが元気を取り戻す場面。

元気を取り戻したスイミーの気持ちを子どもたちが話し合っていると、
多くの子が「元気が出てよかった」という感想をもっていた。

しかし、ある男の子が言う。

「でもさ、スイミーはさ、まぐろに食べられちゃった仲間のこと、
 きっと忘れてはいないと思う。」


この発言で、子どもたちの意識がぐっと変わった。

確かに。1匹になってしまったスイミーは、海の底を泳ぐ。
「さびしかった。こわかった。とてもかなしかった」と書かれてある。

だから、ただ珍しい生き物たちを見ただけでは、
元気は完全には回復しないだろうと彼は言う。

「そうだよね」と反応する子。
「スイミーが元気になっても、
 きっとまぐろをボコボコにしてやろう
 という気持ちは忘れてないよ。」と意見に付け足しをする。

もちろん反論も生まれてくる。
「ぼくさ、嫌なことがあっても、いつも面白いことして忘れるよ。」

あれこれ論じ合う子ども。
ワタシはじっと子どもの様子を見守る。
たまに、多くの子どもたちにとって分からない言葉を発したり、
小さな声になってしまう子たちの背中を押したりしながら。

今日、学校全体の研究授業があり、その後の研修会で
講師の方がこんなことをおっしゃっていた。
「真剣な話し合いをしている子どもには、その子の生活が見えてくる」

つまり、意見を出している根拠が子どもの経験が背景になっている。


今日の話し合いの「落としどころ」はとある男の子の発言だった。

「ぼくね、どんなに楽しくなっても、じいちゃんが死んだときのことは
 忘れてないよ。だからスイミーはきっと、食べられた魚のことを
 忘れてないと思うよ。」


この意見、子どもたちの心にすっと「響いた」。


物語を元に、話し合いができる2年生。
まだまだ活発なものではないが、確実に成長している。

↓というわけで、ワタシも金曜日に研究授業をします。
↓スイミーが「ぼくが目になろう」と言った時について
↓子どもたちと話し合おうと思います。

↓毎日、汗だくで、家に帰ると「加齢臭でしょ?」と言われますが、
↓それでも教師自身で、教育を再生できるかどうか
↓ワタシなりにがんばっていこうと思います。

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ありがとうございました。では。

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