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10年研のレポートを書いたら涙が出てきた。
2006 / 07 / 22 ( Sat )
10年研のレポートを書き始めた。

お題は、「自分の10年を振り返って、現時点の課題を明らかにする」のだそうだ。難しいねぇ。

子どもに作文を書かせるときと同じように、自分の仕事ノートにメモを取る。何気なく文章を書くことができないので、何を伝えたいのか整理しながらレポートを書くようにしている。

10年前ですか…。
ぶっちゃけ、私の新採の年は無茶苦茶でした。学級崩壊を完全に起こしていたし。子どもたちに何も施すことができなかった。今の新採の子たちは、懸命にクラス経営に取り組み、荒れも見られない。そんな子達が10年間修行を積んだら、きっと私なんか足元に及ばないだろう。

レポートを書きながら、頭によぎることがある。
新採の私のクラスはある日突然、子どもを失った。
転落事故であった。
その子は意識不明のまま、2週間生き続けた。
毎日、病院に通った。
包帯がぐるぐるに巻かれた頭。
絶望の中、わずかに動く腕。
それは回復の兆しではなく、「反射」であること。
その子は、誰にも何も言わずに天に召された。
私は泣けなかった。
現実味がまったく感じられなかった。
高学年でありながら、九九がまったくできない子だった。
問題行動を思い切り起こした。
ライターを持ち歩き、火をつけることもあった。
私の始めての運動会は、彼とともに、彼がケガをさせてしまった親に校長室で謝り倒すことで終わった。
その子に対して十分に叱ることもできなかった。
私はその子の成長を見届けることができなかった。
正直に「クラスにこんな子がいると迷惑だ」と思った事もある。
でも、本当にいなくなってしまった事が信じられなかった。

その子の葬儀はごくわずかな身内しかいなかった。
荒れたクラスだったが、その子の最後は見てもらいたかった。
本当は泣いてもらいたかった。友達がいなくなったのだから。
担任と子どもたちの信頼関係がまるでなかったので、
誰も泣く子はいなかった。
むしろ他のクラスの子は泣いていた。
悲しかった。ようやく自分の無力さに気がついた。

その子が燃やされる。
祖父母が未だに健在の私は葬儀というものに出席したことがなかった。
はじめて、お骨になった姿を見る。
はじめて、「渡し箸」を経験する。
「男の子は、のど仏の骨があるということは、親孝行な子だったということです。」と火葬場の方が言う。
その言葉にどこにも出せない憤りを感じたことを覚えている。

10年の間に、私にも子どもができた。
子どもができてはじめて、私は命の大事さを知り、その子が死んだことに対して涙を流した。

私が教師を続ける理由は、ひょっとしたら、この子への償いなのかもしれない。教師は子どもの成長を見届ける仕事なのだから。

涙が出てきた。私はエッチなんだけど、不祥事はしない。
極楽山本のように地位とチームをつぶすわけにはいかないだろう。
せめても、その子のために。家族のために。
そして、これから出会う子どもたちのためにも。

↓同僚の先生には言えないことかもしれません。
↓こんな思いを見知らぬ様々な人に伝えることができるブログというものに感謝したいと思います。
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長々と書いてしまい、申し訳ありません。


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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

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コメント
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教師スタートの年に大変な経験をしたんですね。よく辞めなかったと感心します。
 長くやっていればいるほど、いろんな子ども、いろんな場面にも出あいます。あの時にああすれば良かった、こうすれば良かった、と思うことがたくさんあります。でも、教育方法はたくさんあるから、反省したらきりがありません。その時に自分を納得させれることは、誠実であったかどうか、、で反省します。

 もっと理解できたはず、もっとうまく対処できたはず、もっと、手を貸せたはず、、きりがないですが、完全に何もかも一年間でやリ遂げられない。誰も、、。だからといってあきらめてはないから、教師を続けているのでしょう?

 償いなんてできないよ。命の代わりはないから。その経験によって得た教師としての姿勢や考え方を持って、目の前の子どもにお返ししていく気持ちの方が、前向きにやっていかれる、、と思います。そして、10年間そうしてやってこられたんでしょう?よく頑張っていますね。

 あの子さえいなかったら、、、とよく思いがち。でも、あの子がいなかったら、また別の子どもが、飛び出してくる。集団なんだから、当たり前。あの子がいるために、この子が自分を出せない、、学級経営にならないように、努力することが大切であって、あの子さえいなかったら、、と思っても解決されないことを、私も体験しましたよ。

 あの子がいるお陰でこの子が協力してくれる、、そういう学級を目指していきましょう、、、といいたいけど、私は辞めてしまったから、応援だけ。
by: hakko * 2006/07/23 17:27 * URL [ 編集] | page top↑
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