たった一つのイルミネーションなんだけれど。
2011 / 12 / 01 ( Thu )
理科の時間は「豆電球に明かりをつけよう」の活動に入った。

子どもたちに持たせたのは、乾電池と豆電球とソケット。
ソケットに電球を取り付け、子どもたちは電池の両極に導線をつなぐ。

当たり前なんだけど、豆電球に灯りがつく。
そして、子どもの歓声。

お休み中に見たテレビ、女性はイルミネーションを見ると「多幸感」を感じると言っていたけど、
子どもたちも同じなんだろうか。時間を忘れて、豆電球の灯りをずっとつけている。

この姿をエジソンはどのように見るのだろうか。


翌日は、「回路」について話をした。
電気が流れるためには、電池の極から極まで「ぐるぐる回る道路」が作られていければいけないということ。
略して「回路」。

昨日と違うのは、導線を付け加えたこと。
導線とソケット+豆電球、そして乾電池をつなげても豆電球に灯りがともる。

子どもたちは昨日と同じ歓声をあげた。

そこから、子どもの思いがインフレをおこす。

「隣の子とつないでいいか」
「班でつないでいいか」

豆電球は複数付けると、灯りが半減するので、ひとつだけにした。
乾電池を複数つなげることだけは、4年生の指導内容でもあるので、
「豆電球が一瞬ものすごく輝いて、あとから付かなくなってしまうから」
と言ってやめさせたが、子どもたちは何本も導線をつなぎ、回路を長いものにしていく。

そのたびに歓声。

ついに「全員でつないでいいか」まで発展。

クラス全員でひとつの輪ができた。
待望の点灯式。

さすがに、抵抗が強すぎたのか灯りはつかない。
ここで、乾電池2個をつなぐ指示。

そして、灯りがついた。

教室中に歓声。

たった一つの灯りで、子どもたちはこんなに歓声を上げるとは。




エジソンは電球を開発するまで、何度失敗しただろうか。
子どもたちは、そんな苦労を知らずに、電気を学習していく。

でも、こんな子どもたちの表れを見ても、きっと満足してくれるだろうと思った。
スポンサーサイト

テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

06 : 38 : 34 | お仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<戦線離脱です。 | ホーム | 静岡新聞を読んで。>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://ultramarutti.blog26.fc2.com/tb.php/1285-743a8b0f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |